八豊祭2014 挨拶


おまたせしました。
今年もやります、八豊祭。

都市で暮らす人にとって、やさとがもう一つのふるさとになるような、
今の暮らしに、「良いな」と思えるものを取り入れられるような、
そんなお祭りにしたいと思っています。

そして、やさとがこれからの難しい時代の中でも、
強くしなやかに、きらっと光る町であり続けるように、という思いを込めて。

ぜひ、八豊祭に遊びに来てください。


恒例の、長めな挨拶もよろしくお願いします。
==============================================

何かを始める時に理由はいらない。なぜなら、「やりたい」と思った自分は必ず社会の影響を受けているからで、例えば、今、マンモスの効率の良い狩り方の勉強会をやろうとは思わないし、浦賀に来た外国船について対応を検討する事も無い。世の中ではそれをかっこよく「理由は後からついてくる」なんて言ったりする。

さて、八豊祭は何のためにやるのか。地域活性と震災復興はセットで語られる事が多い。もともと、全国どこでも“衰退する地域”があり、そこに震災が拍車をかける形になり、「震災復興しつつ、地域活性もしよう!」という事だと思う。八豊祭もそうした影響を受けている。私たちが住んでいる、八郷の「八」に「豊か」と書いて「八豊祭」。自然も豊かで、暮らしも豊か、そんな八郷を知ってもらいたい。移住者を増やして、より魅力的な町にしたい。そんな思いが八豊祭を始めるきっかけだった。

そして、これまでの2回を経て、より明確に思うようになったのは、現代の行き過ぎた資本主義に対して、自分達の足元の暮らしから変えていけるものを身につけていかなければならないという事だ。“経済成長”という名の元に、大量に生産し消費し続ける暮らし、こんな事ができるのはごく一部の限られた民族で、こんな暮らしを続けていたら、いずれ社会が崩壊するのは目に見えている。穴が空いたら、色が褪せたら、或いは穴あきも色褪せもなくても流行が過ぎるだけで捨てられてしまう服と、おばちゃんから親へ、親から子へ、子から孫へ、一反の布を何度もした手直し、大地が育てた貴重な綿を、いつまでも大切に使いなおす暮らしの知恵とのどちらが尊いだろうか。また、私たちが働いて得たお金、“円”が私たちの知らない所で“マネー”に変わり、クリック一つで膨れ上がったり、暴落したりしながら世界を動かしている。そんな世界が本当に僕らが生きたいと思った世界なのだろうか。

答えは多分「NO」、なんだけど、本当に「NO」と言ってしまって大丈夫なのだろうか。オシャレもしたいし、美味しいものも食べたいし、ネットもないと困る。そんな便利な社会は捨てがたい。けど、この便利さと“自分の暮らしを作ること”は必ずしも相反する事ではないと思う。今の暮らしに良いと思うものを少しずつ取り入れたら、それだけで違う暮らしになってくるだろうと思う。

八豊祭は「100年先の未来でもこんな暮らしをしたい」と思えるような生き方を、展示したり、表現したり、体験したりするお祭だ。その考えをベースにして、日用雑貨を自分達で作る技術を教わったり、エネルギーを自給する術を体験したり、自分の体のメンテナンス方法を知ったり、自分の家を建てたり修理したり、食べ物は自分達で育てたり、脱車・馬生活の始め方・・・までは提案していないけど(笑)、そういう僕たちが良いなと思えるものをコンテンツにしている。

「お金が全ての暮らし」から、「お金だけじゃない暮らし」に気付き、最終的には、お金を全くゼロにする事はできないが、お金は最低限の交換手段として使うサブシステムになるような暮らしを提案したいと思っている。新資本主義とか、脱資本主義とか、○○資本主義とか、色んな人や専門家や学者が最先端で研究・実践しているこのテーマに、都市で生活している人も、農村で生活している人も、みんなが一緒になって楽しんで取り組める事は、とてもエキサイティングで面白いことだと思う。

(八豊祭実行委員会 茨木泰貴)

スポンサーサイト

  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク


Comments
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
Trackbacks