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実行委員会より、ごあいさつ(2017.9.11)

 

八豊祭は、2012年〜2016年の5回をもって終えることになりました。

 

これまでたくさんの方々にご理解・ご協力をいただき、心より御礼を申し上げます。

 

中には「良いお祭りだったので、続けてほしい」という温かいお言葉もいただき、名残惜しい気持ちも多いですが、震災から6年、祭りを始めて5年が経ち、ひとつの節目を迎えたと感じています。

 

八豊祭がテーマに掲げた「未来につなぐ生き方」とはどんなものなのか。

この5回で様々な取り組みを行ってきました。

 

・昔から続く暮らしの様子や藁や竹を使った暮らしの技を受け継ぐこと

・茅葺民家を訪れて自然と共に生きる暮らしを知ること

・土や木を使って暮らしの道具を作ること

・地元の食材を使ってご飯をいただくこと

・農家さんと直接話して繋がること

・自然の素材でおもちゃを作って遊ぶこと

・自分の体を自分でメンテナンスすること

・太陽光や木質燃料を使ってエネルギーを自給する事

・身近な実践者から話を聞いて知恵を共有すること

・アートつくってみんなで楽しむこと

・大地と共に生きていく思想を学ぶこと

・使わなくなったものをまだ使ってくれる人に譲ること

・気持ちのやりとりができるお金の枠組みを作ること

・使い捨てではなく洗ってまた使うこと

・音楽を楽しむこと

・地域に続く踊りをみんなで踊ること

・土地に住む神様に感謝の祈りを捧げること

 

この一つ一つそれぞれにたくさんの人が関わり、心血を注いで形を作ってきました。

 

そしてその全てが、「これが私たちが未来につなげたい・そして今からでも取り入れていける生き方です」と思えるものを、八豊祭の提案として発表してきました。

 

 

たなびく旗の入り口をくぐり抜けて、八豊祭という空間に足を踏み入れれば、人それぞれに何か感じ入るものがある。大人も子どもも、おじじもおばばも赤ちゃんも、日本人も外国人も、やさとの人も東京の人も、色んな人が混ざり合い、一つの場に会し、最後はみんなで踊り、そして人を超えた大きな自然の存在に感謝をする。そうした、日常ではない空間を作ることが “お祭り”の役割だったのではないかと思います。

 

 

私たちはこれまで5回のお祭りの中で、様々な取り組みを行い、そして今、それはもう十分な域に達したと感じています。

 

足を運んでくださったみなさま、多大な協力をいただいた地域のみなさまに、「やっほう祭りなんていう、なんだか案外良い祭りがあったな」と記憶に残していただければ幸いです。欲をいえば、八豊祭が掲げた「未来につなぐ生き方」が一つでも心に響いていてもらえたらと願っています。

 

改めて、八豊祭を支えてくださった多くの方々に、感謝と御礼の意を込めて、ありがとうございました。

 

― やさとの地にこれからも豊かな実りがあり続けますように ―

 

 

八豊祭実行委員会

 

- ∞ - ∞ - ∞ - ∞ - ∞ - ∞ - ∞ - ∞ - ∞ - ∞ - ∞ - ∞ - ∞ - ∞

 

 

『八豊祭を振り返って』    実行委員長: 茨木泰貴

 

 

一般的にお祭りといえば五穀豊穣を祝い、その実りをもたらしてくれた大地や太陽や水など、人間の力ではどうにもできない自然の存在に感謝を捧げるものだと思います。

 

暑い田畑に吹き抜ける風や、目には見えない微生物たちの活躍、ほんの小さな種が立派な植物に育つその中に、超自然的な何か、神様が宿っているような感覚を抱くことがあります。

 

多くの人が農業をしなくなった現代においても全国のあちこちでたくさんのお祭りが続けられているのは、そのような感覚を忘れてはいけないという潜在的な意識があるのかもしれません。

 

神輿を担いだり、舞を踊ったり、動物に扮したり、火を焚きあげたり、様々な方法で自然とのチャンネルを合わせ、自然に感謝し、お祝いを捧げ、そして自分自身も自然と同化していく。

 

そうして人は、祭りを通して新たに生まれ変わるのだと思います。或いは、心のエネルギーを充電する、精神の癒しを得る、という言い方もできるかもしれません。

 

日常生活の中では補えない、こうしたエネルギー・癒しを得ることが祭りの目的の一つだと思います。

 

 だから、お祭りに参加した人は皆、どれだけ体が疲れても、心は満たされて、充実した気持ちになるのではないでしょうか。

 

 

震災が起きて、私たちの命の源である大地が汚され、私たちは居ても立っても居られず、学校の真ん中で祭りを開くことに至りました。

 

自分たちの命を支えてきてくれたこの土地・自然に、そして自分たち自身にも祭りが持つエネルギー・癒しの力が必要なんだ、と。

 

そうしてこれまでの5年間に、たくさんの方々に協力していただき、開催してこれたことは本当に感謝しかありません。地元・地域の方々をはじめ、やさとが好きで実行委員やサポーターとして関わってくださった方々、出展者や出演者として関わってくださった方々、そして参加者として当日足を運んでくださった方々。祭りの場に人は多い方がいい。時には600人もの方が集まってくださいました。

 

夕暮れの沈む校庭で、たくさんの方と輪を作って踊った豊年踊りとやさと音頭は祭りのハイライトでした。踊りを踊りながら私はいつも、何ともいえない幸福感の中に浸っていました。鳴り響く太鼓の音、そしてやさとの良いところを次々に歌い上げていくやさと音頭、それを同時にみんなと共有している喜び。

 

 

 

何億年という自然の歴史の中で人ができることはあまりにちっぽけかもしれませんが、人が自然の一部であり、その恵みによって生かされていることに感謝を捧げることで、自分自身の体も大地に注いだ汚れも浄化されていくようでした。

 

「祭り」といいつつ、場所は神社でもないし、一見するとどこにでもありそうなマーケットイベントや手作りフェスのようにも思えるのに「祭り」。どうして八豊「祭」なんだろう?と思った人がいたかもしれません。けれど、私たちは当初から、自分たちがやっていることが「祭り」であるということに無意識にもこだわっていたのだと思います。

 

最後の2回、15年と16年には、小学校のすぐふもとの山に祀られている龍神岩から龍神様においでいただきました。龍神様の力はまさに人智を越えるもので、人が大地を汚したにもかかわらず、それをも上回る力で私たちを勇気づけてくださいました。

 

けれど、この先いつまでも龍神様に山からおいでいただく訳にもいかないと思うようになりました。そして自分たちもまた元の暮らしに戻っていく必要があるとも感じるようになりました。

 

「時間が経って何となく気にならなくなった」のではなく、私たちは、人と繋がり、自然と繋がり、土地の神様と繋がり、そうしたたくさんのエネルギーを祭りの場に集め、祈りや祝いや感謝の機会を通して乗り越えてきたのだと思っています。

 

 

八豊祭が終わっても私たちは、八豊祭で取り組んできたテーマについて、これからも個々に、或いは誰かと協力しながら実践していくと思います。やさとには心強い人たちがたくさんいます。やさとにはやさとを好きな人たちがたくさんいます。祭りを通してそんな人たちとたくさん出会ってきました。

 

最後の八豊祭で講演してくださった内山節さんは、人々が繋がることの大事さを述べられました。バラバラの個人として生きるのではなく、共同体の中に人間関係があり、自分の役割があり、その中でこそ自分の物語が生まれるのだと。

 

 

これからしばらくは、自分たちの暮らしに戻り、人とつながり、足元をふただび固めていきたいと思います。

 

八豊祭を通して、たくさんの人や自然や神様との出会いがありました。

 

やってよかった八豊祭。

 

みんなと繋がる合言葉、やっほー!

 

まだまだ言葉にできないことも多いですが、一先ずこの辺で。

 

またいつか皆さんとお会いできる日も楽しみにして。

 

 

 

 

 

 

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